「混沌中庸の性格」についてざっくりまとめてみました

陶器の吟遊詩人のイラスト

The soul of a journey is liberty, perfect liberty, to think, feel, do just as one pleases.
(旅の魂は自由だ、ほんとうの自由だ。思うままに考え、好きに感じ、自由に行動するんだ)

ウィリアム・ハズリット『旅に出ることについて』(1822)

I wish to speak a word for Nature,
for absolute freedom and wildness, as contrasted with a freedom and culture merely civil,
—to regard man as an inhabitant, or a part and parcel of Nature, rather than a member of society.
(私は自然のために……人間の自由権やら教養とは違う、絶対的な存在である自然環境とその自由を擁護するために、話したいんだ。人間を社会システムの一員ではなく、自然の一員……いや、自然の一部として考えるのはどうだろうか)

ヘンリー・デイヴィッド・ソロー『歩く』(1862)

混沌中庸を書くということ

自由人を作ったはずなのに、書きはじめたら誰よりも動かない。
設定に「自由奔放」と書いた瞬間、逆に何をさせればいいかわからなくなる……。
そういう手詰まりに覚えのある皆さんもいると思います。

混沌中庸は、規律にも道徳にも重心を置かないアライメントです。定義としてはこれで終わり。
だからこそ、ここから先が難しいんですよね。分かりにくい。

キャラクターの形にするとき、握るものは一つでいいと私は思っています。
「理由が本人にもわからない」という一点です。
混沌中庸は、自由を選んでいるのではなく、自由でいることしかできないんです。
本人の口から出てくるのは、たいてい「そのときそうしたかったから」だけです。

自由を主義として掲げているキャラクターなら、その主義が折れる場面が書けます。
混沌中庸には、折れる主義がありません。
体質は折れないので、代わりに「留まれるかどうか」が試される……ここが物語の入口になります。

まぁ、動く理由を求められないキャラクターだと考えると、少し気が楽になるかもしれません。
ここから先は、その「わからなさ」を設定に落とすための材料を並べていきます。

一言で言うとこんなタイプ

「自由であること」に縛られているキャラクター。
約束も計画も持たないので、崩されるものもありません。
作っているキャラクターに「理由を説明できない移動」があるなら、この座標が近いかもしれません。

混沌中庸の武器になる3つの特性

混沌中庸は、強さがわかりにくいタイプです。
秩序側のように積み上げるわけでもなく、善側のように誰かのために動くわけでもない。
それでも、このタイプにしか出せない場面がちゃんとあります。

自由への渇望

自由を大事にしている、という言い方だと少し足りないんですよね。
混沌中庸にとって、自由は掲げる主義ではなく体質です。
だから説得が効きません。

いい待遇で組織に迎え入れても、三日目には窓が開いていて本人はいない。
理由を聞かれても「なんとなく」以上の答えが本人からも出てこないのが、このタイプの手触りです。
描写するなら、出ていく場面より、引き止める言葉が全部空振りする場面のほうが効きます。

臨機応変

テスト前に立てた勉強計画は、たいてい二日目で崩れます。
崩れた瞬間に立て直せなくなるのは、計画のほうを信じていたからです。
混沌中庸は、その計画を最初から持っていません。
予定を持たない者は、予定を崩されないんです。

だから状況がひっくり返った局面で、混沌中庸だけが平常運転のまま動けます。
物語では、全員の前提が崩れた直後の一手を任せると光りますね。

独立独歩

一人でいるのが好き、というのとも違います。
混沌中庸は群れませんが、寂しがってもいないんです。
輪の少し外に座って、話には入るし笑いもする。

ただ、次の日にはもういません。
この付かず離れずを、努力ではなく天然でやってのけるところが特徴です。
集団の空気を外側から言葉にできる役として、群像劇に一人置いておくと動かしやすくなります。

混沌中庸がつまずく2つの葛藤

設定を考えているときは面白いのに、いざ物語に入れると何をさせればいいかわからない。
掴みどころのないキャラクターで、そういう詰まり方をした皆さんもいると思います。
……その悩みは、たいていこの2つのどちらかから来ています。

衝動

献立を決めてから買い物に行くか、冷蔵庫を開けてから決めるか。
混沌中庸は、後者をあらゆる場面でやります。
昨日の自分が立てた予定に、今日の自分が従う義理はない……という感覚です。

正直、いちばん扱いが難しいのはここだと思います。
約束を破るのに悪意がない。気分が理由のすべてで、本人の中では筋が通っているんです。
この一貫性のなさに周囲が振り回される形は、そのまま物語の推進力になります。

根を張れない

つらい場所から逃げる話ではありません。
混沌中庸のキャラクターは、居心地がよかったからこそ発ちます。
昨日の宿が思ったよりよかったという事実が、そのまま今日の出発の理由になる。

留まること自体ができない、という言い方が近いですね。
……とはいえ、混沌中庸が常にこう動くわけでもないので、傾向として受け取ってもらえれば。。

混沌中庸に似合う職業とシンボル

物語で活躍させる職業アイデア

地図にない道の案内人

地図に載っていない道を通って、人や荷を運ぶ案内人です。
分かれ道では気分で選ぶのに、なぜか目的地には着く。
無計画であることを、そのまま職能に押し上げた形ですね。

物語では、正規のルートが封鎖された局面で唯一の抜け道になります。
依頼人が「本当にこの道でいいのか」と疑っている時間が、そのまま緊張になるんです。

神出鬼没の吟遊詩人

どのサーカス団にも属さず、街から街へ渡って曲芸を見せる吟遊詩人です。
次にどの星へ現れるかは、本人も決めていません。
予定を持たない相手には、封鎖も日程も効きにくいわけです。

物語では、物資も情報も届かなくなった星に、ふらりと入ってくる役ができます。
本人に救助のつもりがまったくないところが、このタイプらしい味になります。

神出鬼没の移動骨董商

店を構えず、次にどの町へ出るかを本人も知らない骨董商です。
付かず離れずの距離感が、そのまま商いの神秘性になっています。
常連はいるのに、誰も居場所を知らない……。

物語では、主人公が探している品を「たまたま」持っている役ですね。
都合のよさが不自然にならないのは、この職業が偶然を前提に成り立っているからです。

このタイプを象徴するもの

蝶の飛び方は直線になりません。
あの不規則な軌道は、鳥に進路を読ませないための飛び方だと言われています。
次にどちらへ向かうかを本人も知らない、という点で混沌中庸とよく重なります。

紋章や髪飾りに一枚あしらうだけで、掴みどころのなさを見た目に載せられます。
羽の模様を左右で少しずらすと、定まらない印象がさらに強くなります。

浮草

浮草は根を土に下ろしません。
水中に根を垂らしたまま、水面で花を咲かせます。
根 がないのではなく、どこにも下ろしていない。

この違い、大事です。
二つ名に使うと、頼りなさと生きる力を一つの言葉に同居させられます。

サイコロ

サイコロは、決断を手放すための道具です。
ただ、混沌中庸は、振るかどうかを気分で決めます。
委ねているようで、委ねる相手を選ぶところは自分で握っているんです。

持ち物として一つ握らせておくと、迷う場面の演出がそのまま性格の説明になります。
出目に従う回と従わない回を両方書くと、いっそう厄介で魅力的になります。

玉虫色

玉虫色は、光の当たる角度で緑にも紫にも見えます。
顔料の色ではなく、表面の構造が光を分けることで出る色です。
定まらないことが、そのまま美しさとして扱われている色なんですよね。

衣装の裏地や瞳の色に置くと、動くたびに印象が変わります。
「玉虫」という虫の名前から取れば、二つ名にも転用できます。

つむじ風

つむじ風は予報に載りません。
地表が局所的に温まったときに、前触れもなく立ち上がります。
過ぎたあとに残るのは、輪を描いて落ちた木の葉だけです。

混沌中庸が去ったあとの描写に、そのまま流用できる形をしています。
異名に取り込むと、本人が名乗る前に性質が伝わります。

こんな場面で混沌中庸は主役になる

三日で開いた窓

宮廷付きの職を与えられて三日目の朝、部屋はもぬけの殻でした。
寝台には使った形跡があり、報酬の袋は置いたまま。
開いていたのは窓だけです。

のちに理由を聞かれて返ってきた答えは、「窓があったから」でした。
不満があったわけではありません。
待遇の良し悪しは、この判断に一度も関わっていないんです。

自由が主義ではなく体質だというのは、こういうことだと思います。
説明できない本人ごと書くと、この場面はいちばん効きます。

崩れた段取りの真ん中で

何週間もかけて詰めた段取りが、始まって十数分で崩れます。
合図も役割も意味をなくして、全員が同じ場所で止まりました。
そこで「こっち」とだけ言って歩き出したのが、混沌中庸のキャラクターです。

根拠を聞かれても答えは出てきません。
ただ、人ひとり分の隙間があることには気づいていた。
崩れた計画に未練がないのは、そもそも計画を持っていなかったからです。

全員が固まった場で、一人だけ動ける者が残っている。
この構図は群像劇で強く働きます。

名前を残さない別れ

旅の一座に転がり込んで、三日ほど一緒に笑っていました。
料理も手伝うし、夜には酒の席にも混ざる。
誰も余所者だと思っていません。

それでも四日目の朝、寝床は畳まれていて荷物ごと消えていました。
名前を聞いた者が一人もいなかったことに、そこで全員が気づきます。

群れないのに孤独でもない、という距離の取り方がここに出ます。
去った側ではなく残された側を書くと、この別れは読者に届きます。

混沌中庸を成長させる衝突と試練

このタイプが対立しやすい相手

中立中庸とは、驚くほど揉めません。
どちらも相手を自分の側へ引き寄せようとしないからです。
約束をしない、期待もしない、それでいて同じ火に当たっている。

束縛しない者同士がいちばん長く続く——この逆説は、関係を描く軸としてかなり使えます。
別れるときも揉めないので、何年か後の再会をそのまま書けるんです。

秩序中庸とは、噛み合いません。
いや、憎み合っているわけではないんです。
集合時間に来ない、書類が出ない、連絡がつかない……。

秩序中庸の側の困り方は、もっと生活感のある水準にあります。
憎悪ではなく、業務に支障が出るという温度の対立は、長い同行を書くときに効きます。
まぁ、殴り合いにならないぶん、話が長く持つという利点もありますね。

混沌善とは縛られたくない一点で話が合いますが、誰かのために動くかどうかで道が分かれます。

プレッシャーを受けた時の行動パターン

通常時は、気分で動いているように見えて、居たい場所にはちゃんと居ます。
ストレスがかかると、移動の頻度が上がります。

用のない町へ行き、着いた翌日にはまた発つ。
目的地があるわけでもありません。
衝動が「何かをする」ではなく「ここを離れる」の形で出るのが、このタイプの追い詰められ方です。

周囲から見ると、理由もなく消えたことになります。
誤解だけが積み上がっていく展開は、後半の対立の下地としてよく効きます。

転換点となる時間と場所

ここで挙げる3つは、いずれも「根を張れない」が場面の形になったものです。
留まれない性質を、外側の状況のほうから揺さぶる場面だと考えてください。

早朝、出発する隊商の列が動きはじめます。
いつもなら何も考えずに最後尾へ加わっている場面で、足が止まります。
生まれて初めて「残る」という選択肢が視界に入った瞬間です。

残らせなくてもかまいません。
迷ったという事実だけで、キャラクターは一段変わります。

にわか雨の午後、商店の軒下に押し込められます。
自分の意思で止まったのではない、というところが大事なんです。
予定外の停止が、隣に立った知らない人との会話を生みます。
自分から関係を作らないタイプに関係を持たせるには、こういう外側の力を借りるのがいいと私は思っています。

満月の夜、屋根の上に一人で座っています。
誰にも呼ばれず、誰にも縛られていない。
望んできた状態のど真ん中にいます。

そこでふと、自由の裏側にある孤独に気づく。
この気づきを後悔ではなく発見として書けると、混沌中庸の物語は深くなります。
まぁ、深くなると言い切りましたが、私がこの手の場面を好きなだけかもしれません。

他のタイプとの比較で見る混沌中庸

混沌中庸をひとことで言うなら、現在時制で生きているタイプです。
過去の約束にも、未来の計画にも重心がない。
この体質そのものは、実は他の座標とも部分的に共有されています。

自由への渇望という特性は、混沌善・混沌悪とも共有しています。
同じ渇望でも、混沌善では誰かの自由を取り返す方向に向かい、混沌悪では自分の自由を他人のそれより上に置く形で出ます。
混沌中庸だけが、その渇望を誰にも向けていないんですよね。
この違いは混沌善のキャラ設定と混沌悪のキャラ設定を並べて読むと見えやすくなります。

独立独歩のほうは、中立中庸・中立悪と共有しています。
中立中庸の独立は「どちらにも与しない」という位置取りとして出ますが、混沌中庸の独立は位置取りですらありません。
ただ群れていないだけなんです。
中立悪では、同じ独立が目的のための手段として使われます。

この二つは中立中庸のキャラ設定と中立悪のキャラ設定で扱っています。

体系をまたぐと、混沌中庸はMBTIのESTP・ESFPと臨機応変・衝動を共有しています。
同じ特性が、MBTIでは物事の捉え方の型として、アライメントでは善悪の座標の上に置かれる。
置き場所が変わるだけで、読み取れるものが変わるんです。

さあ、混沌中庸の物語を

弱さも個性も、すべてが物語の素材

混沌中庸は、書いていて不安になるタイプだと思います。
約束は守らないし、留まってもくれない。
物語の芯を担わせにくい、と感じる場面が出てくるはずです。

ただ、その2つは、周りのキャラクターの輪郭をはっきりさせる働きもします。
ほら、約束を守らない人が一人いるだけで、守る側の重さが見えてくるんです。
直さなくていい弱点というのは、たしかにあります。

物語を紡ぐことで見えてくるもの

根を張れないキャラクターを書いていると、書き手のほうが「留まること」について考えはじめます。
なぜ人は同じ場所に居続けるのか。
居続けられるとは、どういうことなのか……。

屋根の上で孤独に気づく場面を書けるのは、そこまで自由を書いてきた人だけです。
答えを出さないまま話が終わってもかまいません。
問いが残ることと、話が未完成であることは別ですから。

……と書きながら、私は旅立ちの場面ばかり書いて到着を書き忘れる癖があるんですけどね。

さあ、あなたの物語を始めよう

設定を全部詰めてから書きはじめなくても大丈夫です。
混沌中庸に限っては、行き先を決めていない状態のほうが本人らしく動きますから。

あなたの混沌中庸のキャラクターは、名前と、出ていく理由が一つあれば歩き出します。
理由のほうは、あとから本人にもわからなくなってかまいません。
今日は窓を一つ開けておくところからで、じゅうぶんだと思いますよ。