借りた灯

階段の七段目で、足音の返りが変わる。
ここから下は石の積み方が違う。
地下の防衛術は面積ではなく重ね掛けで施されているから、層の境目が踏むたびに音の形を変える。


一時管理区画の扉を押す。
蝶番は滑らかに動き、鳴らない。
保存部門が定期的に油を差している。

棚は三列。
手前から順に、番号札、留め金、麻紐。
第七棚の下段に、昨日運び込まれたばかりの木箱がある。
札の縁が綻んでいて、登録番号の下二桁が読めない。

油と埃の匂いが、扉を閉めた分だけ濃くなる。
指を札にかける。
紙は乾いている。書き直させるべきだろう、と考えて、それを明日の分の帳面に繰り入れる。


音が、先に来た。
足音ではない。
布の擦れが階段の途中で一度止まり、それから速度を上げる。


「あ、いた」

声は、わたくしの立っている方角へまっすぐ向いている。
角度に迷いがない。

「もう、妹ちゃん。角灯、詰所に置きっぱなしだったよ」
「地下に降りるのに手ぶらなんて。ほら、お姉さんが持ってきてあげた!」

ロゼさんは三歩で距離を詰め、両手で押し出すようにしてそれを差し出す。
近づいた分だけ、炭の名残が届く。
巡回に出る前に、詰所の炉を埋み火にしてきたのだろう。


受け取る。
重さは500グラム程度。硝子と真鍮と灯油、内訳は開けなくても分かる。
分かるのは重さだけで、それより先には、何も。


「ご親切に。痛み入りますわ」

「あんまり長くいちゃ駄目よ。ここ、冷えるんだから」
手が頭の上に乗る。二度。
それで離れた。

「巡回、あと二階分あるから戻るね。……ちゃんと上がってくるのよ」


布の擦れが遠ざかり、階段のところで速度を落として、消える。
札の綻びに指を戻す。
書き直させるべきだろう。
……先ほどたどり着いた結論に、もう一度戻ってきた。

棚を閉じ、扉に手をかけ、階段を上がる。
七段目。


目を切り替える。

一階の廊下は、窓が四つ。
石が色を着ている。
柱の根元に緑がかった苔の染み、床の縁に赤茶けた油の跡、扉の把手に真鍮の黄。
どれも先ほどまでそこにあって、そして、なかったものだ。


角灯を持ち替える。
硝子の面に、廊下の窓が小さく入り込んでいる。
……冷たかった。

芯は下ろされたまま。
火口の縁に煤は積もっておらず、油も減っていない。
持って上がっただけになった。

ロゼさんは、あの区画に灯りを一つも持ち込んでいない。
それでいて三歩で距離を詰め、わたくしの頭の高さを外さずに手を置き、二度で正確に離した。
声の角度にも、迷いはなかった。


仮説を三つ立てる。
体温——halflingの背丈とあの距離では、冷えた石に吸われて届かない。
呼吸——札を検めていた間、わたくしは息を詰めている。
残るのは音だ。石の返り、衣擦れ、扉の開いた分だけ動いた空気。

それを聴き分ける耳を、あの方はどこで磨いたか。
問うまでもない。
九年、灯りを必要としない歩き方を、あの方は積み上げてきた。


盲目化の解除は済んでいる。
二年前に、わたくしの手で。
目は戻った。

戻ったのに、まだ、あの耳のほうが先に走っている。
なぜ、いまも音で歩くのだろう。


第七棚の札。
明日、書き直させる。
読めない二桁を、読めるようにする。それだけのことだ。


角灯は、まだ手の中にある。
芯を下ろしたまま、廊下の色を、硝子の面にひとつずつ集めている。