昼食

昼になった。

午前に片づけるものはなく、午後にも予定はない。
出かける支度をする必要もなければ、誰かが訪ねてくる時刻を気にする必要もなかった。

401号室の北と西にある窓は、どちらも昼の光を多くは入れない。明るさは壁と床の上へ薄く広がり、小さなテーブルの面を、文字を読むには足りる程度に照らしていた。
その上に、昼食の献立を置く。

普段なら、それほど長く見るものではない。
食べるものを決める。従者へ伝える。しばらくすれば運ばれてくる。それだけの手順である。

今日は、最初のところで止まった。

「今日は何にしましょう」
従者がこちらを見る。
「魚」
「魚ですか」
「昨日は魚」

そうだった。
昨日の皿を思い出す。魚そのものより、添えられていた香草の方が印象に残っている。火の入り方も悪くなかった。
だから今日も魚で困ることはない。

「では、肉?」
「一昨日」

献立から顔を上げた。
「……覚えていますね」
「記録」
「そうでした」

当然の返答だった。
従者は食べない。それでも、わたくしがいつ何を食べたかは、わたくしより正確に覚えている。

もう一度、献立へ目を戻す。
昨日が魚で、一昨日が肉。それは事実である。
だからといって、今日どちらを選んではならないという条件にはならない。

「魚でもいいですね」
「可能」
「肉でも」
「可能」

候補が減らない。指を一段下へ移す。
「スープにしましょうか」
「了解」

従者が動こうとした。
「いえ、まだです」

献立にはいくつか料理が並んでいる。普段なら名称と材料を追い、食べたいものがあればそこで決める。なければ、昨日までとの重複を避ける。
それでも決まらなければ、一番上でも構わない。
昼食に必要な判断としては、その程度で十分だった。今日は十分ではないらしい。

「スープでしたら、パンも欲しいですね」
「了解」
「柔らかい方にしましょう」
「了解」
「……いえ」

また止まる。

「スープなら、硬いパンでもよいですね」
「可能」
「浸せますから」
「可能」

どちらでもよい。
どちらでもよいことが、先ほどから何一つ決まらない理由になっている。


献立の下の方まで見る。
「甘味もあります」
「確認」
「先にいただくのは?」


一拍あった。
「可能」

顔を上げる。
「可能なのですか」
「禁止なし」

それもそうだった。
昼食には、スープを先に食べなければならないという規則はない。肉を食べてから甘味へ進まなければならない理由もない。
誰かとの会食なら順序には意味があるが、ここにはわたくしと、食事をしない従者しかいない。
甘味を先にしても、誰も困らない。

「では、先にしましょうか」
「了解」
「でも、そのあとにスープですか」
「可能」
「甘いものの後では、味が分かりにくくなりませんか」
「不明」
「あなたは食べませんものね」
「肯定」

しばらく献立を見る。
甘味を先にする案は、それほど魅力的でもなかった。けれど、できると分かると、一度くらい試してみてもよい気がする。
試さなくてもよい。どちらでもよい。

紙の上には、まだ料理の名が並んでいた。

「確認」
「何をですか」
「場所」

なるほど。料理以前の問題が残っていた。
テーブルから窓を見る。
外へ出るなら、靴を替える必要がある。髪も整え直した方がよいだろう。上着もいる。階下へ降りるだけならそこまで要らないが、そのまま外へ出るかもしれない。

部屋にいるなら何もしなくていい。
401号室は広くない。小さなテーブルに一脚の椅子、ベッドとクローゼット、それに持ち込んだ荷物を置けば、余っている場所の方が少なくなる。
それでも、昼食を一人分置く場所はある。

「下へ行きましょうか」
「了解」
「でも、ここでも食べられますね」
「可能」
「外へ出るという手もあります」
「可能」

三つになった。献立を決めるはずが、場所まで増えている。

「外なら、別の店も選べます」
「肯定」
「そうすると、この献立を見ていた意味がなくなりますね」

従者は答えなかった。
否定する理由がないのだろう。

紙を持ち上げる。
料理の名は、最初に見たときから一つも変わっていない。昨日の魚も、一昨日の肉も、今日もう一度選べる。
スープには硬いパンも柔らかいパンも合わせられる。
甘味は最後でも先でもよい。
部屋でも、下でも、外でも食べられる。

条件を増やしたのに、決定へは近づいていなかった。

「決めるほどのことではありませんね」
「決定は必要」
「そうでした」

献立をテーブルへ戻す。今度は上から見直さなかった。

「肉にします」
「了解」
「パンも。硬い方を」
「了解」
「スープは?」
「注文可能」
「では、それも。部屋へお願いします」
「了解」

従者が扉へ向かう。

「あ」

止まった。

「甘味は」

こちらを見る。

少し考える。
「食べてから決めます」
「了解」

扉が開き、従者が廊下へ出ていった。

献立はまだテーブルの上にある。
畳んで片づけてもよかったが、そのままにしておいた。


しばらくして従者が戻り、さらに時間が経って、昼食が届いた。肉と、スープと、硬いパン。
どれも、決めてしまえば普通の昼食だった。