時計を見る日
ロゼさんの返事は、今日も前回と同じだった。
眠りに変化はない。頭痛もない。視界について訊いても、前回から増えたものはなかった。
問診票の最後まで埋め、最初の欄へ戻る。聞き落としはない。
「では、今日はここまでにしましょう」
「うん」
ロゼさんが椅子から立つ。
机の上には、水差しと、わたくしが持ってきた問診票だけが残った。水面は入ってきたときと同じ高さにある。
「次も、同じくらい空けて大丈夫そう?」
「ええ。今の状態なら」
次回の日付を書く。紙を閉じると、ロゼさんはそれを見てから扉へ向かった。
「じゃあ、また来週ね」
「ええ」
廊下へ出たところで、ロゼさんとは反対へ曲がる。このまま受付へ寄り、外へ出ればよい。
数歩進んだところで、前からミルさんが来た。
片手に書類の束を抱えている。上の数枚が歩調に合わせてずれていた。
「お。ミーちゃん」
「こんにちは、ミルさん」
「終わったっすか?」
「ええ、今」
すれ違うつもりで脇へ寄る。
ミルさんも脇へ寄った。
「ロゼちゃん、今日長かったっすか?」
足を止める。
「問診ですか?」
「っす」
問診票を開く。
開始時刻を確かめ、廊下の時計へ目を上げた。
「十四分ほどですわ」
「あ、じゃあ普通っすね」
ミルさんは頷いた。ずれていた書類を腹へ押しつけて揃え、また歩き出そうとする。
「ミルさん」
「はい?」
ミルさんの耳がこちらを向いた。
「なぜ時間を?」
「今日、ロゼちゃん朝から時計よく見てたんで」
「時計を?」
「っす」
答えてから、ミルさんは廊下の時計へ目を向けた。
細い秒針が、文字盤を一目盛り進んだ。
「何回だったかな。ミルが見たので三回か四回。もっと見てたかもっす」
「何か予定があったのではなく?」
「今日は特にないっすね」
「会議は?」
「朝のは終わってたっす」
「交代の確認とか」
「それなら別に珍しくないっす」
ミルさんは書類を抱え直した。
「何時頃です?」
「最初は朝っすね。あと昼前にも見てたっす」
「……そう」
「なんかあるのかと思ったんすけど、問診が普通なら別にいいっす」
普通。
問診票へ目を落とす。十四分。前回と大差はない。
それだけでは、何を待っていたのかまでは分からない。
「いつもは、そんなに見ないのですか?」
「見ますよ。時計なんで」
ミルさんは当然のように答えた。
「でも今日は多かったっす」
「なるほど」
「珍しかったから覚えてただけっす」
問診票を閉じた。
「教えてくださってありがとうございます」
「いえ。じゃ、ミルこれ持ってくんで」
「ええ」
ミルさんは行った。
束の上で、また一枚だけ紙がずれる。角を指で押し戻しながら、そのまま廊下の先へ曲がって見えなくなった。
受付へ向かう。
数歩進んでから、手の中の問診票を開いた。今日の欄は埋まっている。眠り、頭痛、視界、食事、その他。
いずれも前回から大きな変化はない。
最後に書いた次回の日付だけが、その下にある。一週間後。
その数字にも、変更する理由はない。
紙を閉じる。
廊下の時計は、先ほど確認した位置から針を進めていた。