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Alignment Test の混沌・中庸(Chaos Neutral)を解釈してみる

こんにちは、D&Dアライメントテストで混沌/中庸のヴィランです。

前回記事、混沌・中庸によるALIGNMENT TEST の日本語訳がおバズり申し上げていますので、もう少し深堀していきます。

今回は、私の持っている混沌・中庸(CN)について話していきます。
私の性格的に合っているな~と思うところを列挙していく記事ですね

アライメントテストの各軸から考える

秩序・混沌軸

まずはここから、これは秩序について考えれば自然と分かります。
秩序は、法律(Law)を守る……と説明されていますが、厳密には「ルールを大切にする人」です。
ルールの中で生きる。ルールに安心感を抱くタイプです。

このルールは法律だけではないと思います。規律や常識も含まれます。
秩序・中庸は社会的地位を重要視する、と説明されていますが、これは常識内に」おける優秀さとして社会的地位も金品と同じように大切だと思う、ということですね。


では、混沌は……と言いますと。
私がそうなのですががルールや規則が大嫌いです。あと、集団行動が苦手です。
「ルールだから」で従うことは決してありません。
特に古い無駄な慣習とかは鳥肌が立つぐらい嫌いです。

あと、ルールが苦手であることを拡大解釈すると規律を嫌います。
具体的に言うと、集団行動を嫌います。
私の感覚を言いますと、みんなで踊る……みたいのがムリです。
みんなで一糸乱れぬ動きを見ていると凄いとは思いますが、あの中に自分は馴染めないと思います。
みんなと同じように動くことを窮屈に感じます。

「一糸乱れぬ」が嫌いなんですね。周囲にそれを求められるのも、周囲がそれに喜んでいる理由も理解できません。
先程の一糸乱れぬ動きは凄いと思う、というのは「自分には絶対にできない」から尊敬しているわけです。

一応、混沌中庸はルールを守る人も嫌う……らしいです。
そう考えると、私はやや例外かもしれません。

善・悪軸

これ、皆さん勘違いしがちですが「善だからいい」ということもありません。
善悪軸を考えるのであれば、誰を見ているのかをしっかり考えることです。

個人的には、かなり意識しにくい価値観だと思います。
今回はあえて過激に書きますが、そんな傾向があると考えてください。

善は他人を見ています。厳密には「他人のため」を重視して行動します。
自分の利益よりも、他人のため。いい人ですね。


例えば、中立善は「いい人」といえます。
全体を見て柔軟に対応できるので、いい人です。
たまにズレた親切をするかもしれませんが、それはご愛嬌ということで。

秩序善のキャラがヤバい人と言われる理由は、常識の上でよい事をするためためです。
道徳上良いことを厳守しますので、相手が本当に望んでいるものと違うわけですね。


では、悪はどうかといいますと「自分のため」を重視します。
自分の利益、自分の喜び、自分の快適さ……自分が優先です。

例えば、中立悪は自分勝手な人。
秩序悪はルールの上で自分の利益を追求します。詐欺師タイプと言われる理由はここ。
悪は他人の苦しみをどこまで無視できるかを考える必要があります。
他人がちょっと苦労するぐらいならできる人と、他人がどうなろうが構わないという人……は同列にして扱うことは難しいですからね。

ヴィランの性格ではどこまで悪になれるかを考えるべきです
快楽殺人者と、美学の元に悪に落ちた堕天使タイプは混同できませんからね。


では、中庸はといいますと。自他の利益を同じぐらい考慮する人ですね。
ですが、混沌悪を考えると自他という軸に関心がないとも考えられます。
調べても出てきませんでしたので勝手に提唱しますが、このNeutralはその価値観は重視していないというのはあると思います。

混沌中庸は「自他ともに束縛されることを好まない」と説明されますが、私は他人がルール大好きでも構いません。
ルールで束縛されることを嫌う人が、他人を自分の価値観で縛るって矛盾していませんかね?
なので、私なりに考えると自他という境界線はどうでもいいと考えているが腑に落ちる回答だったりします。

各軸を考えた上で、混沌中庸を考える

と考えた上で、混沌中庸を考えていきましょう。
中庸、とニュートラルな位置があるため、混沌さが重要になってきます。
ルールを嫌うという感覚が際立つわけです。

混沌は、ルールを嫌う・集団行動を嫌う、そういった感じです。
ルールは色々なものに言い換えられます、規則・規範・規約・常識・マナー・上下関係・歴史的なもの・変わらないもの・変えられないもの……。
そのようなものを嫌いますし、人によっては目の敵にするでしょう。

反政府的と言われる理由は「変わらない社会的ルールは嫌いで、戦うべきものだから」
自由な人と言われるのは「束縛が嫌いだから」
反抗し戦うのか、嫌って避けるのかの違いはあれ、ルールを嫌います。


混沌中庸のキャラを考える時に重要なもの

中庸は難しく「中立を保つ人」と「善悪どちらにも揺れる人」の2つに分かれます。
人間らしくあるのであれば、揺れ動くのもアリだと思います。

揺れ動くのであれば、基準点は善悪どちらに寄っているのか。
悪に寄っていれば、ルールを攻撃する可能性があります。
善に寄っていれば、悪しきルールを潰すかもしれません。

ダークヒーローは往々にして混沌善です。
他者を思う優しい人ではありますが、ルールを嫌います。
清廉潔白な英雄にはなれませんが、弱気を助ける思いを考えれば、それもヒーローなのです。

どちらも、ルールへ反抗していますが、その理由が違います。
「自分にとって邪魔だから」なのか「それで苦しむ人がいるから」なのか。
目的のためにルールを破壊するのは混沌のみが考えることです。


私はいざこざに巻き込まれることがあるので中立を保つ覚悟のある人です。
私はルールを無視しますが、他人の迷惑になりすぎない程度にします。
自分の価値は曲げませんが、他人の価値観に干渉することもありません。

こういった覚悟は、価値観や人生哲学といえるかもしれません。
自由人キャラのたまに見せる人生哲学こそ、中立を保つ混沌中庸に必要なものですね。
だたフラフラしている人と、混沌中庸らしい人の差です。

混沌善であれば、人を助けるためならば、ルールは逆らっていいもの(ルールの価値を軽視)と考えます。
混沌悪であれば、ルール無用。「我が良ければそれで良し」とルールよりも自分の利益を重視します。
どちらも、善悪の次に混沌(ルール軽視)が繋がってきています。
この善悪がないので覚悟や人生哲学がないとキャラクターが薄くなってしまうわけです。

なぜ、その人生哲学に至り、その人生哲学を重視し続けているのか。
善悪があれば「(自分 or 他人)のため」と言えますが、中庸にはこれができない。
他人に哲学の理由を置けないので、自分に置くしかない。
それは、私が表現するなら覚悟なんです。

覚悟が薄いならば、自他どちらかの価値観に寄せる、つまり善悪どちから寄りの性格にしていけばいいと思います。

「覚悟をして(混沌中庸を選んで)来てる人」になりましょう。
自由を求める理由こそが、混沌中庸であるあなたを証明する公式となります。

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